講演会/シンポジウム/研究会企画

2010開催のシンポジウム『生きる』

週間金曜日の記事

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http://www.kinyobi.co.jp/backnum/antenna/antenna_kiji.php?no=949

 

布川事件で再審開始が決定した杉山さん 

「一番憎いのは裁判官です」

 

「まず電車の乗り換え方が分かりませんでした。あるいはエスカレーターで下る時、降りるタイミングが難しくてものすごく怖かったです」 

 二一歳の時に逮捕され、出所したのは五一歳。世の中の変化に戸惑い、おそるおそる日常生活に戻っていった杉山卓男さん(六三歳)はその時の心境をこう語る。 

 昨年一二月一九日、慶應義塾大学三田キャンパスで行なわれた座談会(岡原正幸ゼミ・小池信也共催)のテーマは「生きる」。ゲストとして参加したのは加賀乙彦さん(作家)、宇都宮健児さん(弁護士)、熊本典道さん(元裁判官)、渡辺えりさん(劇作家)、そして再審開始が決定した布川事件において強盗殺人罪で逮捕・起訴され、無期懲役囚として約三〇年服役した杉山さん。 

 布川事件が起きたのは一九六七年八月三〇日。茨城県利根町布川に住む男性(当時六二歳)が自宅で殺害され現金一〇万円が奪われた。茨城県警は別の容疑で逮捕されていた杉山さん(当時二一歳)と桜井昌司さん(当時二〇歳)を強盗殺人容疑で逮捕。二人は公判で起訴内容を一貫して否認したが七八年七月、最高裁は二人の無期懲役を確定した。 

 杉山さん、桜井さんは現在まで一貫して無実を主張。第二次再審請求において昨年一二月一五日、最高裁が再審開始を認めた東京高裁決定を支持し、検察側の特別抗告を棄却したことで布川事件の再審開始が決定した。 

「一度、こいつが犯人だと決めたらあらゆる証拠を探し、不都合な事実は隠す。それが検察の姿勢」と指摘するのは宇都宮さん。 

 加賀さんは取り調べを受ける側が“自白” に至るまでの心理を「毎日毎日“おまえがやったんだろ” と言われ、いろいろな方法で誘導される。そしてある時ふっと、認める気になってしまう」と説明する。 

 桜井さんの “自白”から数時間後、杉山さんは捜査官にこう言われた。 

――おまえは桜井昌司を知っているな。 

――はい。 

――桜井がおまえと一緒にやったと言っているぞ。 

 杉山さんは「捜査官は取り調べる人間の性格をよく分析している。私の場合は、上から押さえつけられると反発するタイプ。だから桜井をまず自白させた上で、私の方にもってきたんだと思う」と話す。「あの街では有名な不良」だったという杉山さんの話を、捜査官は聞こうともしなかった。そして、意識が朦朧とし、「昌司がそう言っているのならいいです」と “自白” したという。 

 しかし杉山さんは諦めていなかった。「裁判所なら自分の言い分を分かってくれる。裁判所という所は神聖な場所。そういうふうに思っていたんです。間違うことはないと」。終始落ち着いていた杉山さんだが、この時だけは「一番憎いのは裁判官です」と強く声を張り上げた。 

 再審開始が確定した時、取材に来た大手紙記者に対し「あの時はオレを犯人扱いしておいて、今更なんだ」と怒りを込めて迫った杉山さん。逮捕された時、その新聞社は手錠をかけられた杉山さんの写真を大きく報じた。そして再審開始確定後、「冤罪事件」として大きく取り上げたのも同じ新聞社だった。 

 同じく冤罪を訴えている、「袴田事件」の一審を担当し、その後、自分が書いた「死刑判決」の無効を訴えている元裁判官の熊本さんは「裁判官は周りの雰囲気、社会の空気、国民の世論を考慮せざるをえない。個人としては異論があっても、全体がそういう空気に包まれている中では個人の思いを前面には出せない」とした上で「自分の過ちを認める裁判官はゼロに等しい」と付け加えた。 

 冤罪は誰でも巻き込まれる可能性がある。しかし「間違っていました、で終わらせてしまっては人類の進歩はない」(宇都宮さん)。犯罪事件において、警察や検察、裁判官のみならず、メディアや国民までもが「一体感」を持ってしまうことの危険性も議題にあがった。 

野中大樹・編集部